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§我が国の農業における土壌養分管理の将来方向
農林水産省草地試験場
環境部長 西尾 道徳
§岩手県における被覆肥料実用化試験(3)
2.ロング利用による省力的水稲中成苗育苗法
その1,育苗肥料とロングの併用法
岩手県園芸試験場
環境部長 遠藤 征彦
岩手県園芸試験場高冷地開発センター
次長 新毛 晴夫
農林水産省草地試験場
環境部長 西尾 道徳
最近,欧米では農産物の生産過剰を背景に,多少収量が低下しても,食の安全や環境保全を図るために,Low Input Sustainable Agriculture(LISA,低投入持続型農業)等の農法が大きな話題となり,政府レベルでの取り組みも始まっている。そこでは,農薬に加えて,化学肥料の投入削減も問題になっている。そこで,我が国の農業に果たしている化学肥料の役割と,土壌生産力や環境の保全における養分問題を概観してみたい。
1987年での窒素,リン酸,カリの国別合計施肥量と穀物単収の関係をコメ主体のアジアとコムギ主体のヨーロッパについて見ると,施肥量は穀物以外の作物への量も含んだ値なので,穀物収量とは厳密には対応しないとは言え,両者で施肥量と単収との間には有意な相関が認められ,化学肥料が世界の食料増産に貢献していることは疑いない(図1)。

施肥を増しても,やがて単収は頭打ちになる。図1でも3要素合計30kg/10a以上では単収の伸びが鈍化する傾向が見える。西ヨーロッパでは半矮性遺伝子を取り入れた超多収コムギを育成し,高施肥量で我が国のコメの平均単収を上回る収量を実現したが,コムギが供給過剰になったため,吸収されない窒素による地下水等の汚染が問題視され,単収が多少低下しても養分投入量を削減すべきとの意見が高まっている。
我が国では1961年の農業基本法を契機に農業が大きく変貌し,小麦,大豆等の普通畑作物の作付面積が減少し,代わりに野菜や飼料作物の栽培面積が増加し,農家経済が向上して,肥料,農薬等の資材投入量が急激に増加した。窒素施肥量は直に14kg/10a前後の水準に達して横這いになったが,リン酸とカリの施肥量は著しく増加し,各種作物の単収も増加した(図2:施肥量の最初の値は1961~65年の平均値)。

この背景には畑や草地の過半を占める黒ボグ土の改良に60~65年にかけて熔燐の多量施用技術が開発されたこともある。61年に比べて,現在の単収は水稲で約1.25倍だが,ハクサイでは約2.25倍,牧草では2倍に増加した。そして,今日では水稲や野菜では資材投入による生産の伸びは頭打ちになっている。ただし,牧草では肥料投入量がなお不足していることもあって単収が停滞している。
農業生産費中の肥料費を見ると,例えば,露地夏どりキュウリの肥料費は64年では水稲の約2倍だったが,88年には約9倍に増加し,施肥の増加が単収向上に貢献した。88年の水稲への施肥量はN 10.37,P2O5 10.60,K2O 9.52kg/10aである。野菜では高価な肥料も使用するので,施肥成分量は水稲の9倍まではないが,それに近い値であろう。
他方,88年のキュウリの全国平均単収は4.5t/10aで,この生産にキュウリが吸収する養分量は,N 13.5~18,P2O5 2.7~5.4,K2O 18~22.5kgで,キュウリへの施肥量は吸収量を大きく越えていると推定される。吸収量を遥かに越える施肥の繰り返しによって養分が過剰なほど蓄積した野菜畑が全国で問題になっている。
農水省の地力実態調査でも,野菜以外の畑作物を含む普通畑土壌では,1957~69年と75~77年の全国平均値の比較で,化学肥料や無機の土壌改良資材の投入量の増加を反映して,有効態リン酸,カリ,苦土,石灰等の含量や土壌pHは有意に増加した。野菜だけだと養分集積が遥かに著しい。
畑土壌の適正塩基飽和度は,60~90%または70~90%とされている。露地野菜畑での塩基飽和度の推移を調べた神奈川の例では,69年まではこれに満たない土壌が多かったが,83年には塩基飽和度100%を越える土壌が多数出現するに至った(図3)。

野菜では連作が多い。農水省統計情報部が実施した野菜作農家へのアンケート調査では,最も多い連作障害原因は病害で,露地で66%,特に土壌伝染性病害が最大の原因である。だが,要素欠乏,土壌の酸性化,塩類の集積の合計値が露地で35%,施設で56%にも達している(2)。
要素欠乏も,肥料不足ではなく,多肥で土壌養分がアンバランスになって生ずる微量要素吸収の拮抗的阻害に起因する要素欠乏が多い。また,土壌の酸性化も,石灰施用量の不足ではなく,多肥した肥料窒素から硝化作用で生じた多量の硝酸態窒素によって土壌pHが著しく低下して生ずる酸性化が多い。塩類の集積は化学肥料の過剰施用に他ならない。野菜だけの連作が肥料成分の集積を加速していると言えよう。
過剰かつアンバランスな土壌養分は,作物に濃度障害や微量要素欠乏等の生理障害を起こすだけでなく,作物の栄養代謝を撹乱して病気を拡大することが多い。窒素肥料の多施用による水稲いもち病の発病激化,塩類濃度の高い土壌でのタマネギ乾腐病の激化(3)等の例がある。こうして養分多投は農薬使用量を増加させやすいと考えられる。
窒素の多量施用では硝化作用で生じた硝酸態窒素による作物体内多量蓄積,水質汚染,缶詰にした際の缶からのスズの溶出という3つの問題もある。畑作物では硝酸態窒素が若い時期に体内蓄積されることが順調な生育に不可欠であり,生育後期には硝酸態窒素レベルは低下する。
しかし,極若い時期の収穫や窒素多肥では含有硝酸態窒素量が問題になることがある。牛では89年度に乳牛52,肉用牛46頭の硝酸塩中毒による死亡事故が生じている。人間では死亡事故はないが,ブルーベビーや胃癌の危険性が指摘されている。
現在都市生活排水が最大の水質汚染源だが,農業でも放置すれば問題になりうる。ある地域の果樹・茶樹主体の丘陵地帯で窒素収支を見た例では,降雨や灌漑水での流入を含めて527kg/haのNを施用し,このうち72kg/haが地表流去し,82kgが地下浸透で流亡した。降雨や灌漑水での流入を除外して施肥分だけで見ても,28%のNが流亡した。そして,そこの湧水の硝酸態窒素濃度が,水道法の水質基準値の10ppmを越えている点が注目される(4)。
また,ある台地の下に位置する地域の調査でも,河川,地下水,湧水の硝酸態窒素濃度が基準を越えた例が多く,畑地帯の地下水が市街地よりも高い点が注目される(5)。これらの値の何割が施肥に起因するかは不明だが,こうした水質汚染が問題になりうる。
現在,自給率は主食用穀物で68%だが,飼料で26%,食用と飼料用を合わせた穀物では30%に過ぎない。三輪・岩元は(6),1960年と82年の我が国における飼料を含む食料消費に伴う窒素の動きを計算し,60年に比べて82年には輸入量が著しく増加した反面,耕地面積が若干減少して,農地の養分リサイクル量がやや減少し,農地以外の環境へ放出されたN量が97万トンから173万トンへと76万トンも増加したと推定した(図4)。

環境放出Nのかなりの部分は下水処理されていようが,未処理部分は河川や地下水に入るので,水質汚染の最近の悪化も当然と思わせる図である。また,彼らによれば,飼料の流通量から推定した家畜糞尿で排出されるN量は,60年の17万tが82年に72.4万tに増加した。
一方,82年の農地542万haの窒素肥沃度維持には農作物残誼の60%の9万tに加えて,家畜糞からの37万t,合計46万tのNが還元されれば良く,この量のNの連用で,毎年土壌から8~9kg/10aのNが無機化されると推定された。
つまり,60年では糞尿を全量農地に還元しても肥沃度維持に不足していたが,82年では既に約35万tのNが肥沃度維持水準を越えたことになる。糞尿を全量農地に還元し続ければ,農地は窒素過剰となり,農地保全上からも危険となる。
家畜糞尿で排出されるN量の算出には,飼料流通量からの推計以外に,家畜1頭の平均排出量に飼養頭数を掛けて算出する方式もあり,両者から58~72万トンと推定される(7)。88年で105万haの飼料作物栽培面積に全糞尿を還元したとすれば,全国平均で55~69kg/10aのNとなり,これを連年施用すれば大過剰となる。
仮に家畜糞尿を全耕地534万haに施用すれば,全国平均でNで10.4~13.5kg,稲わら堆肥換算で2.2~2.8トン/10aの施用に相当し,かなり希釈される。普通作物では1~2トン/10aの稲わら堆肥が適正施用量なので,現在でも既に限界である。安い飼料の輸入でコスト低減を図れたが,糞尿還元での飼料生産を行わなければ,糞尿問題が厳しくなった段階で「糞づまり」で経営が破綻する危険もある。
と言うのは,肥育牛13頭の牛舎の周辺の井戸の水質の調査結果で,硝酸態窒素の拡散は100m程度の範囲に限られるとはいえ,10mの距離では水道水質基準の10ppmを越える107ppmの硝酸態窒素が検出された例もある(8)。
周囲に迷惑をかけずに安全・高品質な農産物を生産し,農地の持つ国土保全やレクリエーション機能を維持増進して行くことが,農業に求められている。そのために必要な方策は何なのか。
まず,①飼料作物単収の飛躍的向上による飼料自給率の向上で,輸入食飼料で持ち込まれる養分量を減らすと同時に,漸減して行く農地の糞尿還元容量を増すことが,我が国の富栄養化を軽減するのに重要と考える。単収向上は必要養分量を増して,糞尿還元容量を高めるが,既に生産過剰のコメや飽和の野菜で単収向上を実現しても,全体的還元容量の増加につながらないであろう。
そして,②土壌診断に基づいた過剰施肥の防止と,土壌養分状態の適切な維持をこれまで以上に徹底する必要があろう。その上で,③家畜尿のNPを含めた浄化と,糞の畜産農家から耕種農家への流通促進を図るとともに,④作物の養分利用効率向上による系外流出養分量の削減のために,被覆肥料等緩効性肥料の使用や施肥法の改善等が必要であろう。
一方,人工産物を全面的か大部分排除する有機農業が我が国でも最早否定できない潮流となっている。有機農業では特に除草と害虫防除が技術的隘路になって規模拡大や後継者確保も難しいようであり,有機農業が現在農法に全面的に置き替われるとは考えにくい。
現在農法と有機農業の二者択一ではなく,生産過剰か飽和な作目については,多少収量が低下しても食の安全,地域での物質循環や環境保全を図る有機農業ならば,併存しうる条件ができたと考えるべきだろう。
養分に関しては有機物だけ利用すれば,有機農業だとするのでは何らの特徴もない。有機物の多量連用は化学肥料の多量施用と何ら変わりはないからである。基本的には低養分や低水分ストレスをかけて安全で高品質な農産物を生産してこそ,有機農業が環境保全にも合致して,社会的意義を主張できると考える。有機農業の技術的問題点については(9)を御読み頂ければ幸いである。
(1)農林水産技術会議事務局:研究成果215,関東・東海集約畑作地帯における高収益安定生産技術の確立(1989)
(2)農水省統計情報部:昭和57年度野菜作農家意向調査報告(1983)
(3)岩渕晴郎ら:道立農試集報,39,27-33(1978)
(4)井戸豊ら:愛知農総試研報,17,312-319(1985)
(5)河村精ら:静岡農試研報,26,51-57(1981)
(6)三輸審太郎・岩元明久:土肥学会編,土の健康と物質循環,117-140,博友社(1988)
(7)西尾道徳:酪農事情,50(12),30-35(1990)
(8)日高伸・伊藤信:埼玉農試研報,42,61-84(1987)
(9)西尾道徳:圃場と土壌,22(10-11),13-22(1990)
岩手県園芸試験場
環境部長 遠藤 征彦
岩手県園芸試験場高冷地開発センター
次長 新毛 晴夫
前報まででは,「被覆尿素の稲作低コスト施肥技術への利用」として,全量元肥一回施肥技術および側条施肥技術への利用について報告した(1,2)。筆者らは,これらの研究と平行して省力的中成苗育苗施肥技術にも取り組んできた。この成果は,昭和60年度の指導上の参考事項「置床施肥に依存しない中苗育苗法」として,普及に移してきている(21)。
1,2報に引き続き本誌で紹介する予定となっていたが,諸般の事情で今回まで延びてしまった事について,関係者にお詑びする次第である。
なお,本報で報告するロングの併用による中苗育苗技術はその後継続検討され,平成元年度に専用BB肥料の開発を行い,平成2年度指導上の参考事項「置床施肥に依頼しない中苗育苗法(追補)」として改訂された(23)。この内容については,筆者らに引き続き研究を担当された岩手県農政部農村振興課土壌肥料専門技術員千葉満男氏(前岩手県農試環境部施肥改善科長)が引き続き報告する予定となっている。
岩手県における水稲の機械移植は,昭和50年に70%を越え,昭和55年にはほぼ100%に達した。その内中苗の占める割合は,昭和50年は機械移植面積の25%弱であったが,昭和55年には45%近くまでと年々高まってきている。
この背景には,稚苗は育苗センタ一等の大量育苗に適している反面,移植適期巾が狭く労力的に集中すること,耐冷性が中成苗等の葉令増加苗に比較して劣ること等が問題点としてあげられる。また,田植機の開発当時は,箱育苗技術も完全に確立してなかったうえ,田植機自体のかき取り機構も箱あたり200g以下の播種量に対応できなかった事もある。
その後の田植機の発達は著しく,現在は中成苗ではすじ播きや点播にも十分対応できるまでになっている。しかし,中成苗育苗では10aあたりの箱数が多いこと,箱内施肥だけでは十分な生育量が確保できず置床施肥や育苗期間の中間追肥が必要となる等の問題点もあった。
昭和56年2月に,県農試がまとめた「水稲中苗機械移植栽培の手びき」(29)では,移植時の苗の目標として,草丈13~15cm,葉令3.5~4.0,稲体チッソ濃度3.5~4%,乾物重/草丈2mg以上としており,その目標達成のための播種量は100~150g/箱,育苗日数35~40日としている。
また,その時の施肥量は表1に示すとおりであるが,置床のpH矯正と施肥および2.0~2.5葉期のチッソ追肥が必要とされている。

昭和50年代に入ってからの急速な中苗機械移植の普及に伴い,より耐冷性の強い葉令増加苗の育苗技術が求められるようになった。これをふまえ,総合助成中核研究課題として,「東北北部における機械移植水稲の耐冷安定化技術の確立に関する研究」が1978~1982年の5ヶ年計画で取り組まれた。岩手県が主査となり秋田県が協力県として取り組んだものである。
この研究のなかで取り組まれた中心課題の1つに,「葉令増加苗の育苗技術」がある。この課題では,現行の機械移植栽培技術体系を前提としていたため,それまでの中苗育苗技術を改善する形での葉令増加苗育苗法開発が主となった。
播種量を減少させることによる葉令増加苗育苗法では,従来の稚苗用播種機に簡単な改良を加える事で,乾籾70g/箱の播種量で現行の中苗田植機に対応可能な技術開発がなされた。
床土量を増すことで葉令増加苗を得ることについても検討され,タバコ育苗用の5cm深の育苗箱を利用する事にも取り組んだ。しかし,この方法は床土量が多く作業が過重になるうえ,施肥技術,機械移植対応性等解決すべき課題も多く,研究初期の段階で実用性なしと結論づけられた。
結局,最終的に得られた成果は,乾籾70g/箱の散播育苗で,育苗日数40~45日,置床施肥プラス2回の箱内追肥という技術であった。この時の移植時苗は,草丈15~18cm,葉令4.5前後,稲体チッソ濃度3.8~4.5%,100個体乾物重3~4gが目標とされた。また,このような葉令増加苗育苗のための施肥法も定めており,これらをまとめ表2,3に示す(13,18)。


これによると,従来の中苗育苗における施肥法と異なる点は,箱内基肥チッソ量を1gと半量とし第1葉鞘長を2.5~2.8cm以内に抑え,その後2,3,4各葉期に1~1.5gのチッソ追肥を行うやり方となっている。また,追肥はチッソだけでなく,N,P2O5,K2O追肥も効果的としている。
この育苗技術は普及に移されたものの,その後の中苗育苗技術の発達によるうす播き化の促進や点播成苗法の開発により,拡大するまでには到らなかった。何よりも,追肥回数が多いことがこの技術の普及拡大のネックとなったものと筆者らは考えている。
葉令増加苗(5葉苗)育苗技術開発では,置床施肥を前提とし,育苗期間の多回追肥の方法で技術開発が行われた。葉令増加苗は耐冷性の優れたもので,寒冷地稲作の初期生育安定のための有力な手法である事は否定し得ない。しかし,一方では従来の稚苗~中苗体系での初期生育確保のための技術開発も行われてきた。
1つは,移植直前の育苗箱に対するチッソや腐植酸物質の施用による方法である(24,25)。これらの技術は, 移植と同時に本田の移植株近傍への持ち込み効果を期待したものであるが,多回追肥よりは省力的であるものの労力のかかる事には変わらず補完的技術に留まった。また,活着時追肥についても取り組まれたが,本県では普及に移すまでの成果は得られないで終っている。
一方,側条施肥技術は初期生育確保に有効な技術として重点的に取り組まれ,その成果は普及技術として広く定着している(7,10~12,14~16,26~28)。
移植直前の箱内施用技術や側条施肥技術は,移植苗根圏近傍への肥料や資材の持ち込み効果と考えられ,中成苗育苗への緩効性肥料の利用の可能性が示唆された。また,大量の育苗を行う育苗センターでは,労働力分散から中苗も組み入れるようになってきており,追肥対応が作業上の難点として解決を要望されるようになってもいた。
一方,個別育苗の多い県中北部の農家からは,育苗ハウスの多目的利用として,ほうれんそう等のやさい栽培にも用いる事例が多く,置床のpH矯正法や施肥量の検討等の要望も出され,使い易いpH矯正資材の利用法を普及技術として出し対応した(20)。
以上のような対応技術はあくまでも臨時的なものであり,置床に依存しない省力的中成苗育苗技術開発の基本的観点として,緩効性肥料の利用と専用中成苗培土の実用化の二面から取り組むこととなった。置床施肥無依存の方向は,中成苗育苗の移植時には箱外の根を切るための根切板が必要となり,この手間が無視できない等の背景もあった。
最初に取り組んだ方法は,基肥と追肥分を合わせたチッソ成分量をCDUで施用する方法である。この結果は,初期生育が劣り出来上り苗もバラツキが大きく実用性にはほど遠いものであった。この原因を調べてみると,苗の育ちのバラツキは,CDUの箱内のバラツキと相関しており,供試したCDUの粒径が大きいためと判断された。しかし,箱内でのCDU近傍の種籾からは中苗目標並以上の苗が得られた。
この結果をふまえ,翌年はチッソ旭肥料東北支庖から特別に細粒品のみをふるい分けしたCDUを供試していただき,施肥量も若干増した条件で試験を行った。この結果,箱内の生育のバラツキは殆んどなくなったものの,初期の生育が思わしくなく立枯症が発生した。このことから,CDU単体のみでなく速効性肥料の必要性が示唆された。
あわせて,昭和56年からはロング424の利用についても予備的に取り組んだが,CDUより実用性があると判断され,以降はロングの併用利用の実用化に向けて取り組むこととなる。
昭和56~57年は,ロング424の併用量について検討した。この頃の併用量は,チッソ成分で5~7g程度,現物量で箱あたりそれぞれ36g,50gである。供試したロングの溶出速度は,現在の70日夕イプとほぼ同等のものである。
その結果は,併用量が多いほど移植時の出来上り苗のチッソ濃度が高く,一回施肥による良苗育苗の可能性をうかがわせるものであった。図1に,昭和57年度に人工培土の覆土にロングを混入して行った試験結果について示す。

昭和58年以降は,本格的実用化試験として,稚苗への利用や床土の土壌タイプ別併用量の検討,ロングの溶出タイプの検討等に取り組んだ。
昭和59年は,農試本場の腐植質火山灰土壌を床土に用い,箱内の速効性肥料分を慣行量と半量の2段階にし,ロング424の溶出タイプを70,100,140日の3段階,箱あたりのロングの併用量を現物60,100gの2段階の組合せで検討した。
慣行区は,置床施肥ありでチッソ追肥1回の中苗育苗標準とした。播種量は箱あたり乾籾110g共通で,加温出芽ビニールハウストンネル方式で行った。表4に,播種後31日後の移植時苗の調査結果について示す。

この結果により,箱内の速効性チッソ成分を2gとした場合は,ロング424の70~100日タイプ100g施用,箱内の速効性チッソ成分を1gとした場合は,ロング424の70日夕イプ60~100g施用で,慣行区と同等以上の苗が得られることがうかがえた。
昭和60年には,供試土壌の種類を変え,ロング424の溶出タイプは70,100日の2段階,箱あたり施用量を60,100gの2段階,箱あたり速効性チッソ施用量を1,2gの2段階の組合せで検討した。供試土壌の化学性について表5に,播種後35日の移植時の苗の形態等について図2に示す。


育苗期間の気象条件が低温傾向であり,草丈は短かめであり葉令も目標とする3.5葉に達しなかった。乾物重/草丈は,慣行区並か以上であった。
苗の窒素濃度は,滝沢土壌でロング併用区が慣行区並か以上となったが,他の土壌では,速効性窒素1g区は慣行区並~やや低であった。
以上のことから,置床に依存しない中苗育苗法としては,箱あたり速効性窒素成分2g,併用するロングは70日夕イプ60~100gあたりが適当と判断された。
これら5ヶ年の結果をふまえ,昭和60年度の指導上の参考事項として「置床施肥に依存しない中苗育苗法」がまとめられた(21)。
提案は,農試環境部,県北分場の共同でなされたものである。ロングの併用技術だけでなく,あわせて開発に取り組んだ,中成苗育苗用人工培土の使用法とあわせた形で提案されている。
野菜ハウス等を利用して育苗する場合の置床施肥に依存しない中成苗の育苗施肥法は以下の通りである。この育苗施肥法はハウス畑トンネル方式に適用する。
①箱内施肥のみとし,置床pH矯正,置床施肥,追肥は省略する。
②従来の肥料にコーティング肥料(成分:窒素-リン酸-加里14-12-14)を併用する。施肥は従来の肥料と同時に床土に混和する。
③標準施肥量(表6)

人工培土の形状は粒状であり,特性は稚苗用人工培土と同様であるが,肥料として緩効性肥料を含んでいる。その使用法等は従来の稚苗用人工培土に準ずる。
(1)置床処理はしない。
(2)追肥は省略する。
(3)中成苗用として利用できる。
この技術が普及に移された翌年,昭和61年度の育苗に際して,一部地域で生育不良や葉先枯等のトラブル発生が伝えられた。早速,県農試と専門技術員等が現地調査等を実施した。
その結果,育苗管理技術にも若干の問題はあるものの,明らかな濃度障害が認められ,障害発生の箱内のECも高かった。原因として,供用されたロングの溶出率に問題があると考えられた。
そこで,今までの試験に使用したロングの溶出率と比較のうえで,今回供用されたロング424,70日夕イプの溶出率調査をチッソ旭肥料に依頼して実施した。
明らかに,従来の試験に供試したロング(初期溶出率3.70微分溶出率1.8~3.0%)に比べて初期溶出率,微分溶出率も高く,原因はこのための濃度障害と判断された。対応策として,試験段階で供試したロングとほぼ同じ溶出率を示す,ロング424,100日タイプを用いることとした。また,加温時間を基準内にするとともに,温度管理,水管理を守るよう改めて普及現場に情報として流した。
幸いに,このトラブルは一部地域内にとどまり,その後は,メーカーの製品出荷管理も徹底されたことにより問題は生じていない。
このことは,新しい技術の導入に際しては,従来に増して基本技術を守ることの重要さと,メーカー側においては品質管理の重要性をうかがわせるものであろう。
以上,長々とロングを利用した省力的中苗育苗法の実用化までの過程を述べてきた。振り返ってみれば,LP利用の元肥一回施肥技術も含め試行錯誤の連続であったと思われる。
これらの技術完成は,筆者(遠藤)が実際に担当したのは昭和53年~59年の施肥改善科時代(その間昭和56年の1年は内部異動で土壌改良科所属)である。この間の施肥改善科長であられた高橋和吉さん(現在コープケミカル技術参与),筆者と共に試験担当を行い,引き続いて施肥改善科長として技術の取りまとめを行った新毛晴夫さん,その他の施肥改善科研究員の諸氏に厚くお礼を申し上げる。
また,技術の完成までご協力下さったチッソ旭肥料(株)の諸氏にも厚くお礼申し上げる。
以上のうち,県農試関係者については,参考文献の一覧のなかで,発表課題等の全員の名を記すことで私なりの感謝の意とさせていただく。
1.岩手県における被覆肥料実用化試験(1)被覆尿素の稲作低コスト施肥技術への利用 その1 全量基肥一回施肥技術
遠藤征彦,新毛晴夫「農業と科学」1987年11月号
2.同上(2)その2 側条施肥技術への利用
「同上」1988年1月号
3.寒冷地における緩効性窒素肥料の利用に関する研究 第1報 被覆尿素入り肥料利用による水稲省力栽培の可能性
千葉泰弘,君成田陛,遠藤征彦,高橋和吉「東北農業研究」37号 53~54(1985)
4.同上 第2報 県南部沖積土でのササニシキに対する被覆尿素の肥効
小野剛志,清原悦郎,伊藤公成「同上」37号 55~56(1985)
5.同上 第4報 多湿黒ポグ土における全量基肥稲作の生育と養分吸収
千葉泰弘,新毛晴夫,島津了司,遠藤征彦,小管裕明「同上」39号 57~58(1986)
6.同上 第5報 被覆尿素を利用した全量基肥一回施肥稲作の収量
新毛晴夫,島津了司,宮下慶一郎,小管裕明,遠藤征彦「同上」40号 73~74(1987)
7.同上 第6報 被覆尿素を利用した側条施肥の水稲の生育・収量
島津了司,千葉泰弘,新毛晴夫,小野剛志「同上」40号 75~76(1987)
8.同上 第7報 水稲ササニシキの追肥省略稲作における緩効性窒素配合割合
小野剛志「同上」40号 77~78(1987)
9.同上 第8報 水稲ササニシキに対する早期追肥の効果
小野剛志,村上芳子「同上」40号 79~80(1987)
10.水稲側条用粒状配合肥料の開発と施用効果
遠藤征彦,新毛晴夫,千葉泰弘,及川光史,岡島正昭「同上」37号 57~58(1985)
11.岩手県における水稲の側条施肥技術 第1報 側条施肥による初期生育確保と収量性
島津了司,新毛晴夫,千葉泰弘,宮下慶一郎「同上」39号 71~72(1986)
12.同上 第2報 品種別,土壌条件別施肥法
島津了司,新毛晴夫,遠藤征彦,宮下慶一郎「同上」39号 73~74(1986)
13.東北北部における機械移植水稲の耐冷安定化技術の確立に関する研究
研究成果シリーズNo.177(1986.3)農林水産技術会議事務局
14.昭和57年度指導上の参考事項(岩手県農試)
「側条施肥法による初期生育の確保と施肥田植機の性能」
15.昭和58年度指導上の参考事項(岩手県農試)
「ササニシキに対する側条施肥と追肥法」
16.昭和60年度指導上の参考事項(岩手県農試)
「水稲の側条施肥法」
17.昭和49年度普及奨励事項(岩手県農試)
「中苗機械移植栽培」
18.昭和56年度指導上の参考事項(岩手県農試)
「水稲の散播成苗箱育苗技術」
19.昭和56年度指導上の参考事項(岩手県農試)
「各種人工培土の特性」
20.昭和58年度指導上の参考事項(岩手県農試)
「粒状育苗床土酸度矯正資材の使用法」
21.昭和60年度指導上の参考事項(岩手県農試)
「置床施肥に依存しない中苗育苗法」
22.昭和61年度指導上の参考事項(岩手県農試)
「温度感応で溶出する肥料を利用した水稲追肥省略多収技術」
23.平成2年度指導上の参考事項(岩手県農試)
「置床施肥に依存しない中苗育苗法(追補)」
24.昭和52年度指導上の参考事項(岩手県農試)
「水稲箱育苗における移植直前施肥の効果」
25.昭和58年度指導上の参考事項(岩手県農試)
「水稲育苗箱への腐植酸肥料散布について」
26.昭和56~60年度土壌肥料に関する成績概要書
岩手県農試環境部,県南分場,県北分場
27.昭和57~60年度試験研究機関における委託試験成績書
岩手県施肥合理化協議会
28.昭和58~60年度銘柄米安定生産総合実証圃成績書
岩手県施肥合理化協議会
29.水稲中苗機械移植栽培の手びき(改訂版)
昭和56年2月 岩手県立農業試験場